2009年11月10日

ライブハウス/クラブ/バーの建設は順調

横須賀からでーす


ようやく引っ越しも一段落。

自宅ネットは、NTT西日本からNTT東日本へ回線移せなかったので「解約」→「新規契約」と面倒なことになりつつも、来週にはどうにか開通。

新規出店の横須賀店は現在工事中で事務所となるところがないので、住居とか工事中のビルの屋上でパソコン広げています。
こんな感じ。




忙しくて仕事以外は何もやっていない状態(ブログも更新できず!!)ですが、新しいことをやるという刺激は疲労感を十分消してくれます。
12月第1週目のオープンです。
間に合うかな!?


それと、、
携帯をdocomoからauへかえたのでメールアドレスが変更になります。何人かには案内を送りましたが、まだ、全員へは連絡できてません。ぼちぼちやっていくのでご容赦!

2009年4月 1日

仕事辞めました

ふぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

2006年12月29日

仕事と趣味の汽水

Cobra Net
こういうものを扱うところで働けたら幸せなんだろうな。

CiscoのL2スイッチとオーディオを一緒に触れるなんて。なんて理想的なんだ。


こことか。。。
http://www.cobranet.info/

SRの現場でこういうものを扱うエンジニアできればなぁ。単にネットワーク機器とIP、上位プロトコル、サーバを扱うネットワークエンジニアよりは数倍楽しそう。何より、中身が音楽だし。。。

でも、Cobra Netってレイテンシが結構あるから敬遠されてたりして~。将来希望薄。

2006年7月29日

飽きた

間取り図をゴリゴリ70戸分かきました。後はWeb用にエクスポート。。。長かった。。
終わりが見えてきたところで、気分転換に別の仕事をしています。

早く音楽やりたい。遠出したい。

2006年7月27日

サイトをつくる パート2

ようやく峠を越した感があります。明日徹夜で作業をしたらゴールは見えたも同然でしょう。がんばれ俺。

ところで、この3つの案件をこなす過程で、ひとつだけ初めて扱ったものがあります。

日本語ドメイン

3件の内1件は「ドメインは取っておいてね~」ということで、お任せでやっていたんですが、まさか日本語ドメインになるとは…。初めてだったので急遽お勉強をしましたよ。やはり普通とは扱いが違うらしい。ネームサーバの設定なんかもPunycodeを使ったり、Webやメールも対応したアプリケーションを使わないといけなかったり。そのことを担当の方に話したら、「ドメイン取り直します」ということで、どうにか“普通”のサイト管理ができることになるようです。一安心。

まぁ、一応Webサイトだけは日本語で表示できるようにしてみたんですが、、やはりなんか違和感が。でも、ブラウザやメーラーが標準で対応しだしたら普及するのかもしれんなぁ。

2006年7月25日

サイトをつくる

どうしてこう仕事はまとまってやってくるのかねぇ。
今はWebサイト作成の仕事が3件たまっております。

1件は不動産屋のサイト。サポートなので気分は楽だけれども、勢いあまって間取り図の作成まで引き受けてしまったので、チマチマとした作業が山のよう。最初、Illustratorで作ろうとしていたけど、多少なりとも有機的なオブジェクトを使って描いたほうが作業がはかどりそうだったので、Visioに切り替えて作成。もちろん複雑な描画がいらなかったからというのもある。

2件目はマンションリフォーム屋のサイト。東京からはるばる依頼がきました。1回も顔を合わせてミーティングしてないんですが、、、まぁ、相手がいいといってるからいいか。

3件目は選挙用のサイト。なんと、大学の友達が某自治体(全国的にも大きい街ですぞ)の選挙に某党の公認も得て出馬するということになり、その活動用のサイトを作成しています。ブログとスタティックなページを融合させたサイトで、3件の中では技術や仕掛けの面で最も面白い。コンサルティングもしているんで、戦略的な面でも楽しんでおります。


つくるだけなら、ぱぱぱのぱ~~でつくるんですが、最近サイト作成にこだわりがあって、きれいなコードで仕上げないと気分が悪いです。
XHTMLとCSSを使った完全W3C準拠のサイト、これが今のテーマ。2年くらい前まではTABLEレイアウトとCSSレイアウトを両方使ったハイブリッド方式でやっていたんですが、ブラウザがようやくCSSに追いついてきたので、XHTML&CSSに完全に移行しました。とはいってもCSSハックを使わないといけない部分もありますけどね。
3件目のおかげでMovableTypeもだいぶ使えるようになったし、次はもう少し面白いことできそう。
RSSの入出力ができるWebアプリなんか作ったら結構使えるかもな。

本業のほうも学期末でにわかに忙しいので寝る間も無い。学生さんよ、早いところ夏休みになっておくれ~。

2006年6月20日

さまざまなオシゴト ~第9回 営業~

ようやく最後です。
最終回は県の某外郭団体で中小企業の情報化支援スタッフとして、さまざまな業種の人とかかわったという話。
健康食品販売店、地酒屋、造船所、陶房、法律事務所、海産物屋、 織物製外衣シャツ製造屋、薬局(薬店ではないよ)、中古車販売店、生地屋等など(他数社あった思うけど行った回数が少なかったせいか思い出せないものも含めて)10以上もの会社をそれぞれ週1くらいで訪問しては、そこの業務を理解して最適なソリューションを提案・構築指導(担当したのはWeb関係と業務用データベース)していくということが主な業務内容。
その中でも健康食品店は記憶に残るちょっと変なお店。扱っているのは数十グラムで何万円もするという“鹿の○”。最初の訪問時に初めてその会社の内容や取り扱う商品についてきいたのですが、あやしぃ、あやしすぎるよおかあちゃん!出てくるお茶やお菓子などもどこか普通とちがう。味も何か変。きっと何か混ぜてあるに違いない。。。60代の社長さん、昼間っから「これを飲んでいるから毎晩元気」とかなんとかいっているし…。
さて、実際仕事を進めていくと、この“鹿の○”をどのようにマーケティングしていくのかなど、商品の特性を踏まえた戦略的なところまで話しをつめていかなければならないので、「自分も“鹿の○”に洗脳されていくのではないか」という不安が頭を過ぎる中、どうにか数ヵ月後、無事お役御免となりました。

会社内部でも興味深いことがいくつか。
同じころ入った40代の男性スタッフさん。どうも営業先で再三やらかしてしまったようで、2回目の事件の後のミーティング中に部長の逆鱗に触れ、翌週にはその人の席がありませんでした。初めてクビの現場を目撃したわけですね。部長が出席するくらいの比較的大きなミーティングでの失態だったので当然といえば当然ですが、、こわいこわい。

2006年6月15日

さまざまなオシゴト ~第8回 趣味が~

みなさんご存知のように私の趣味は株なんですが、って冗談ですよ、冗談。(株はK-Zoneの“バーチャル”株でも大して儲けることはできませんでした。)

さて、趣味は音楽なんですが、その活動の副産物的、たなぼた的に収入を得る場合もあります。

音楽活動に関しては非常に内向的で月1程度のスタジオ入り以外は自宅でゴソゴソやっているのですが、年に数回はライブを企画したりもしています。ほとんどオ○○ーなライブなのでライブ費用は全額自腹。お客様にお金を払っていただくなんてとてもおこがましい、という感じです。
が!たまーーーーにあるんですね。演奏してお金をくれるところが。。。
一つはある街の商工会のイベントで、駅前でライブをやるというもの。その前の年にも1度演奏していて、そのときはお昼ごはんご馳走程度だったのですが、2回目はきちんと出演料をくれました。これぞ泡銭。その晩連れと「おらんく家」でたらふく鮨を食べ見事に使い切ってしまいました(実際は勢いあまって出演料以上の鮨を食べたんですけどね)。

もう一つは、思わぬところで知り合った歌手(もののけ姫の挿入歌とかCMソングを歌っている人)のコンサートのバックバンドでした。おそらく人生で一番多くの観客を目の前にして演奏したこのコンサート。いい経験をさせてもらった挙句、お車代までいただくとは。。アリガタヤ…。

ライブ以外ではCD作成も行ったりしましたが、こちらは商売人根性を出してしまったので、偽ながらきっちりプロの仕事を行いウン十万の収入を得ました。時間当たりの単価は高かったけど、非常に気を使うシビアな仕事で、1日何時間もできる仕事ではなかったですね。自分が好きなジャンルの音楽ならよかったのでしょうけどね。。。残念。

2006年6月14日

さまざまなオシゴト ~第7回 自営業~

自営業といっても登記はしていないし、確定申告なんかもしなかったので、“学生の社会活動”程度の感じでしたが、Web作成の仕事をやっていました。
企画から運営までの完全請負や一部のコンテンツのみの作成、サンプルの作成、企画から仕様化までの参加、サーバサイドのみの参加、Webサイトも含めたプロジェクトの参加などいろんな形でWebの仕事に関わっていました。本格的なe-commerceの知識があればもっと面白いことができたろうになぁと、多少悔やまれるところもありますが、そのときは自分の実力以上の現場で知識の習得もあわせながら活動していたので、スキルアップと経験値アップにはなったかと思われます。
金銭的にも、中間マージンが発生しないので全部自分の取り分にできるのはよかったです。年間100万くらいの報酬が出る医学系学会のプロジェクトもあったし。これは今考えてもだいぶおいしいな…。

学生の時の月間最高収入が、新聞や不動産などもろもろ含めて45万だったかな。たぶん50はいかなかったはず。今よりいい生活してるのがなんか腹立ちますが、こんな裕福でハッピーな月なのに、スピード違反でつかまり罰金やら講習やらでウン万円も持っていかれたり、ラグビーで怪我をして通院したりと妙にアンラッキーな月でもありました。
神様が均衡を保とうとしたのかのぉ。

2006年6月13日

さまざまなオシゴト ~第6回 教師~

これまでの仕事の傾向を見ていると、“教える”というキーワードは欠かせないようです。
教員向け講習会の手伝いから始まって、前述のIT講習会もそうだったし、Web作成の家庭教師なんかもネットで生徒を募集してやったり、小さな私立大学でビジネスコンピューティングの講師もやったり。。

おそらくすきなんです、教えることが。教育学部だし。

Web作成の家庭教師は、誰の雇用でもなく自分で仕事をするといういわゆる自営業をやりだした初期からやっていた仕事です。営業は教師と生徒をマッチングする会社にお任せして、私自身は特に営業活動などはしていませんでした。この会社がなかなか良心的で、マッチングが成立したときのみ生徒側がこの会社に1万円を支払うだけ。その他の面倒な制約や料金の上乗せはまったく発生せず、成約後のやり取りは両者にお任せという、私にとってはなんとも好都合な仕組みを提供してくれました。生徒さんはそんなに多くはありませんでしたが、若い人からお年寄り、中小企業のスタッフさんと、ぼつぼつ契約は取れていました。
気を使ったのが私と同年代の女性ですね。基本的に月謝は手渡しでもらっていたので、生徒と先生という関係は毎月いやがおうにも確認しあわなければならなかったのですが、同じ年代でかつ女性だと、どうしても生徒と先生の関係からさらに進んで、時間外に遊びに行ったりご飯食べに行ったりして、月謝の支払いのときに思わず「今月は半額でええよ」となってしまいそうな雰囲気が漂ってしまいました。一応防衛策として、そうなりそうなニホヒがする場合は、私の自宅や相手宅ではなく、私の大学の研究室で家庭教師をやったりはしていましたけどね。
ま、そうはいってもおかげで友達は増えたし、私のバンドのライブまで見に来てくれた人もいたりと、結果的にはいい関係を築いていけたかなと思います。

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